ファクターXからファクターYへ

1 ファクターX

 

ノーベル賞を受賞された山中伸弥教授(京大)はファクターXと称する仮説を発表して注目されました。以下は山中先生のページからの引用です。

 

新型コロナウイルスへの対策としては、徹底的な検査に基づく感染者の同定と隔離、そして社会全体の活動縮小の2つがあります。日本は両方の対策とも、他の国と比べると緩やかでした。PCR検査数は少なく、中国や韓国のようにスマートフォンのGPS機能を用いた感染者の監視を行うこともなく、さらには社会全体の活動自粛も、ロックダウンを行った欧米諸国より緩やかでした。しかし、感染者や死亡者の数は、欧米より少なくて済んでいます。何故でしょうか?? 私は、何か理由があるはずと考えており、それをファクターXと呼んでいます。

 

ファクターXの候補
・クラスター対策班や保健所職員等による献身的なクラスター対策(特に感染前の行動まで遡る後ろ向き調査)
・マラソンなど大規模イベント休止、休校要請により国民が早期(昨年2月後半)から危機感を共有し、自主的に感染対策を取ったこと
・マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識
・ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化
・日本人の遺伝的要因
・BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響
・2020年1月までの、何らかのウイルス感染との交差免疫などが考えられます。

 

従来型ウイルスから日本を守ったファクターX

 

 

しかし、東京五輪の頃から日本におけるコロナ感染者は急増し、8月31日現在の人口あたり感染者数はスペイン、デンマーク、ドイツ、イタリア、フィンランド、スウェーデンなどを超えています。

 

9月12日まで、21の都道府県に緊急事態宣言、12の県にまん延防止等重点措置、全国で合計33の都道府県で新型コロナ対応策が出されています。

 

海外に住む日本人、日系人の感染者はとくに少なくはないとの報告もあり、ファクターXの仮説が正しいかは大きな疑問がありそうです。

 

2 医療逼迫、医療崩壊?

 

救急車が来ても受け入れられる病院がない、自宅待機者の急増、自宅待機中の死亡者など医療の逼迫または崩壊に迫る状況が報じられています。

 

私は2013年の定年まで札幌に住んでいましたが、私自身は日本の医療システム、とくに少なくとも大都市における可用性(availability)は世界一、だと思っていました。待っていれば多少時間がかかってもその日に必ずお医者さんに診てもらえる。必要なら入院などの治療がしてもらえる。とのイメージです。

 

コロナ禍一変して現在の日本の医療逼迫の状況は信じられないほどです。この豹変の理由、背景要因な何なのでしょうか?

 

3 ファクターY

 

日本ではあまり取り上げられていない指標ですが、国民一人が1年間に医師に診察を受ける回数に注目してみましょう。上のグラフはOECD Health Statistics 2019による2017年と2000年のデータです。これをファクターYと名付けてみます。

 

日本は12.6回で韓国に次ぎ、OECD平均の約2倍、スウェーデン( 2.8回)の4倍以上も受診しています。(2017年)

 

私が住んでいるスウェーデンではいつでも医師に診てもらえ、入院も出来ることは自明ではありません。

 

たとえば何か問題があれば、近くのプライマリーケアの診療所に電話します。看護師さんが問診し、必要と判断されたら医師の診察アポをとってくれますが、その日のうちにとれるのは自明ではありません。より緊急の症状の場合、緊急病院(akutmottagning)に行きますが、最低でも数時間待たされるのは当たり前で、よほどのことでないと緊急病院は避けたいスウェーデン人が多いです。

 

スウェーデン人はたとえば風邪などでお医者さんにいくことはありません。このように日本のように簡単に医師、病院に行かない行動様式はコロナ禍のスウェーデンの医療システムにも大きな影響を与えたようです。

 

日本では検疫法及び感染症法で、コロナ感染症患者は入院の対象であり、「医学的隔離」をすることが定められています。昨今は自宅療養の方針により、この隔離は事実上崩壊したようです。

 

スウェーデンではもともと自宅療養の方針です。2020年春以来、公衆衛生庁のプレコンなどで耳が痛くなるほど強調されてきたのは、手を洗ったり、社会的距離を保持したり、そして「風邪のような症状が少しでも出たら職場や学校など外には出るな」。病院や医院に行けとは一度も聞いたことがありません。とくに2020年春、初期のプレコンでは「医療逼迫を回避するのが最重要」ばかりが強調されていた印象です。

 

私の94歳の義母はストックホルム市内の高齢者ホームに住んでおり、2020年4月にコロナ感染が判明しました。そしてホームからは「症状が悪化しても入院させることはなく、ホームで可能な対応をする」と連絡がありました。驚いたことに妻はそれでもとくに異論はなさそうだったことです。幸いにも義母の症状は悪化しませんでしたが、医療への期待、死生観の違いを実感させられました。

 

4 ファクターYへの対応の重要性

 

日本の人口あたりの病床数は世界一であるにも関わらず、昨今日本の医療が逼迫している背景としては様々な要因が指摘されています。

 

たとえば①政府の介入が難しい民間病院が多いこと、②人口あたりの医師の数が少ないこと、③診療報酬の仕組みにより病院や医院はできるだけ診療数を増やそうとすることなど。

 

しかし、ファクターY、すなわち医師に診てもらう頻度の議論も大切だと思われます。世界トップクラスの長齢国日本の財政赤字、国家債務はOECDでも最悪です。持続可能な医療システムが重要で、ファクターYの一層の議論も提案します。