MTR (ストックホルム地下鉄運営会社) in Sweden

札幌市交通局の方とMTR(ストックホルム地下鉄の運営会社)を視察させて頂く機会がありました。

 

MTRは1975年に創設され香港に本社があるグローバル企業で、ストックホルム地下鉄の他、 英国のLondon Overground、メルボルンのメトロ、ストックホルムーヨーテボリ間の特急列車の運営事業も行っています。2014年の売上げ高は402億香港ドル(約6500億円、日本では四国電力、大和証券、日本水産がこのクラス)、従業員数は24000人強。

 

ストックホルムでは2009年11月2日からAB Storstockholms Lokaltrafik (SL)の委託で地下鉄事業を運営しています。(MTR以前の運営会社はVeolia, Connex)

 

われわれはグリーン路線の路線長(operation manager)Dag Lokrantz氏からのプレゼンの後、コントロールセンター、そして車両基地(Högdalen)を見学させて頂きました。

 

Dag Lokrantz氏が強調された点は、①社員の満足度が高まって来ていること、そして②地下鉄の定時運行度が97.93%まで高まったこと(2010年は91.3%)でした。

 

社員の満足度は2011年が6%、2012に30%、 2013が 63%、 2014には 87%と上昇しているそうです。

 

その秘密を尋ねたら、以下の4点を挙げられました。

 

・マネジメントのリーダーシップ

・現場第一主義

・コーチングの導入

・社員に変革に参加してもらうこと

 

偶然にもわれわれが視察した2015年11月13日のDagens Nyheter紙は8ページにわたるストックホルム地下鉄の特集記事を掲載しています。

 

この記事の中に、Connex、Veoliaを経て2009年にMTRが運営を担当するようになって、どのように企業文化が変わったかを伺わせる興味深い部分があります。たとえば、

 

Kim Widegripさんは30年前1985年5月から地下鉄の駅の切符販売員として採用され、様々なポジションを経て現在はレッド路線の路線長で以下のように証言しています。

 

〈MTRが落札をしてから、全く新しい時代に突入しました。なぜMTRが委託されたかについて社員は学び、ビジネスプロセス管理についても大学で勉強しました。かつては乗客と言っていましたが、お客様という表現に変わりました。電車が遅れた場合、かつては乗客の責任でしたが、現在は社員と会社の責任と捉えられています。駅の窓口にスタッフが不在で(すぐ戻ります)という表示がかつては見られましたが、現在では見かけることがなくなりました。〉

 

Roger Larssonさん(60)は35年間の運転歴のある運転士ですが、10年前からGullmarsplanの運転士休憩室で〈金曜カフェ〉をオープンしています。〈勤務時間外に菓子パンを焼き、休憩時間にカフェを営業している〉Roger Larssonさんは今年2月に〈最も価値を創造した社員〉に選ばれ、2000SEK(約3万円)の報奨金を会社から得ました。

 

われわれもこのGullmarsplanの運転士休憩室でコーヒーを頂き、休憩中の運転士さんともお話する機会がありました。

ストックホルムの地下鉄には650名の運転士さんがおられるそうで、そのほとんどが〈終身雇用〉。SL、Connex、Veolia、MTRと雇用者の形態の変化を経験してきた方が多いようです。

 

われわれが話した運転士さんによればMTRになってからも給与、休暇、勤務時間などはほとんど変わっていないとのこと。全員が組合に入っているのも同じ。

 

それでも上のような意識改革、新しい企業文化が着々と生まれつつあるのは興味深いです。

 

1980年代にJETROのストックホルム事務所に勤務していた時代、〈Japan as Number 1〉〈日本的経営〉ブームで私もスウェーデンをはじめ方々でお話をさせて頂く機会がありました。しかし、バブル崩壊とともに〈日本的経営〉ブームも過ぎ去ってしまいました。

 

MTRのケースを見ていると、香港企業が〈香港的経営〉でスウェーデンの企業カルチャーを変革させている気がします。

 

スウェーデンの金曜日は日本の土曜の感覚です。3時位から仕事を終えて帰宅する人も多くなります。金曜日にも拘わらず、MTRのスタッフは午後7時近くまでいやそうな顔を全く見せず、丁寧に対応して頂いたのも新鮮でした。

 

MTRはスウェーデンでも大都市の長期ビジョン戦略に関わろうとしています。

 

ストックホルムでは〈Stockholm 2070〉なるビジョンをSWECO(コンサルタント)、SKANSKA(ゼネコン)と共同で提言しています。

第二の都市ヨーテボリでは〈Göteborg 2070〉をSWECO, SKANSKA, VOLVOと一緒に提言しています。

 

最近Kommunal (地方自治体職員の組合)が公表した調査結果によれば公共交通機関の社会的コストが急騰しているそうです。

たとえばバスについては21世紀に入ってからコストが実質65%上昇したとのこと。その結果料金を引き上げる、またはバスの本数を減らす、などの対策がとられています。

 

1990年代の初めからスウェーデンでは公共交通の公開入札によるアウトソーシングが一般的になっています。しかし公共交通の入札システムは複雑で、中小企業には対応が難しいようです。

 

その結果、ストックホルムなど大都市ではグローバルな大企業が応札し、地方では応札する企業が少ない状況になっているとのこと。

公開入札システムから以前のように自治体自らによる運営に戻ることを検討している自治体もあるとのことです。

 

今回ストックホルムの地下鉄を運営するMTRを実際に見学させて頂いて、ここまでスウェーデンの長期ビジョンに関わっている様子が分かりました。

地元スウェーデンの中小企業には応札し、グローバル企業に対抗する余地はあまりなさそう、というのが実感です。

 

〈ストックホルムの郊外電車の運営権もMTRが取得〉


ストックホルム県の郊外電車の運営のアウトソーシングの交渉が過去2年ほど行われてきましたが、12月8日の県議会でMTR Gamma AB社に発注が決まりました。

契約期間は10年、4年さらに延長のオプションがあります。契約の規模は300億クローナ(4500億円)。

2006年からSJ(スウェーデンのJR)の子会社Stockholmstågが運営していましたが、2016年12月からMTRに代わります。

郊外電車の旅客の現在の満足度は66%(3人中2人が満足)。MTRの目標はこれを80%に上げることだそうです。

地下鉄と違い、郊外電車のレールは国(Trafikverket)に管理メンテナンス責任があります。スウェーデンの鉄道は信号などのトラブルが頻繁に起こっていますが、これが国の責任だとすれば、MTRはそのような条件下でどの程度顧客満足度が上げられるのか、お手並み拝見です。

 

この入札には、他にスウェーデン国鉄(SJ)など4社が応札していました。

  • Abellio Pendeltåg Stockholm AB
  • Keolis Spår AB
  • SJ AB
  • Svenska Tågkompaniet Stelo AB



MTRはノリノリのようですね。